2003年10月30日

濃霧

31030.jpg

昨日の朝
「お父さん!!何も見えない!!」と子供がさわいでいました。
久しぶりの霧、それも濃霧。おもわずとった写真です。

仕事場で「いやあ、今日はすごかったねえ~」っていうと
まわりの反応は「?」でした。
どうも、うちのあたりだけだったようで。

さて、これを見て、何をイメージしますか。

投稿者 koma : 17:44

2003年10月29日

街のデイパック

デイパック、ザックですね。これで街を歩いている人、相変わらず多いですね。
でも、気になるのは、あの下がり目の位置です。
最近では見慣れたとはいえ、やはりちょっと違うんではないか・・・と。
それも、そこそこのアウトドアブランドのものを、ずんだれて(?)背負っている
のは許せないものがある。と思ってます。

シティーユースではカッコさえ良ければいいのでしょうが、
本当のアウトドアをフィールドにしているザックのメーカーは、「どれだけ負担な
く荷物を運べるか。」このあたりの事を真剣にデザインしていることでしょう。
荷室が揺れないように、体から離れないように、湿気は放出できるように・・・etc
そして、ある段階の結論が商品になっているわけです。

それなのに、ああ、それなのに・・・
ショルダーストラップが後ろから見えてますよ。
ザックのカーブをおしりに合わせるんですか?
というような使われ方をして、かわいそうなザック達。

それでも、25Lぐらいのデイパックであれば、まだ目をつぶりましょう。シティユ
ースのお気楽ザックも多いですし。
でも、ときどき、40L前後の中型のやつを、ずんだれて(?)歩いているを目にし
ます。それが大抵、LOWE ALPINEとか本格的なブランドのものだったりすると、
もう、ザックにあやまりなさい!!ってな気持ちになります。

で、今日の本題ですが
デザインが意図した使われ方は、されないことがある。というかその方が多い。
それは、そもそもデザインが悪い場合があるし、一点に収斂されたデザインに対
して、色んな考え、価値観を使う側はもっている点でずれるのもやむなしという
側面もあります。
造る側と使う側の考えが一致したときに、両者は幸福な蜜月をおくることができ
るでしょう。
そんな出会いをしたいもんです。使う側として、造る側として。

ザックのつづきです。
ヴィトンの小さなやつを、ほとんどオシリのあたりまで下げてるのを見たときは
(けっこういますね。このパターン)
お嬢さん、そんな遠くから下げてこなくても、ウエストまわしの方がよろしいん
じゃないですか?と心で声を掛けつつ、
でも、なんだかそれも可愛く見えたりするから、まあいいか・・・と、
しっかりオヤジ的判断をしている自分に気がつく、今日この頃です。

投稿者 koma : 17:43

2003年10月27日

パノプティコン2

先日、超パノプティコンのことで本を紹介しました。
私も読んでみたけどパノプティコンについては、言葉だけで、もうひとつでした。

で・・・

語るにはフーコーを押さえなくてはならない・・・ので
しばし、学習することにします。

レポートは・・・まあ、そのうちに。

阪神残念でした。ダイエーおめでとう。

投稿者 koma : 17:42

2003年10月26日

終わった・・・

終わった・・・
ひとつだけ

5-1でダイエーの勝ち。

投稿者 koma : 17:41

2003年10月25日

終わらない・・・

終わらない・・・
・・・
・・・
んなことやってるバヤイじゃない。

投稿者 koma : 17:40

2003年10月24日

あなたは7人座らせることができるか?

先日の「7人掛」のつづきです。
両端がすでにすわっていて、3番目として座るとき、私は両端からひとつあけて座るようにしています。
中央に座りたい気持ちがないわけではないですが、この場合リスクがあります。

中央にすわると2人分のアキができます。でもこのアキは後から2人入り込むには少し狭くみえます。
中央に座っている私は不本意ながら少しずれることを求められます。
その段階で7人掛計画は失敗に終わります。ずれた側に2人は本当に座れなくなるからです。

また私自身にも被害が及びます。中央の位置を決めるのに4+3と分割されたシートの継ぎ目に
体を合わせます。
そして後から人が座ってきて私が動かなければならない方向は、たいてい継ぎ目の側です。
つまりオシリの微妙な位置に継ぎ目がきて、モゾモゾどうも落ち着かない。
そのような危険があります。

じゃ、ずれなきゃいいじゃない。そう言う意見もあるでしょう。
でも、そうやってがんばった場合は得てして不幸な結果を招きます。我慢の限度の6人掛から
言語道断の5人掛になってしまうケースです。

ところで
私といっしょに仕事をしているKANITECHクンが実験をして、結果を「7人掛」のcommentに
報告してくれました。すばらしい!!
ありがとうEBITECHクン

結論から言うと1.2.3番目までの着席であれば、中央の両側、つまりひとつおきにすわるところを
押さえると、そのシートは我が手中のものとなり7人座らせることができるようです。

おお!!

投稿者 koma : 17:39

2003年10月23日

負け

「777円になります!」
お金を出した。
「・・・」(店員)
「?」(私)
「45円のおつりになります!」
しまった~。
832円じゃなきゃいけなかった~。
久しぶりの負け。

投稿者 koma : 17:38

パノプティコン


先日耳にした「パノプティコン」という言葉。
響きが面白いなと思ったらベンサムという思想家が考えた監獄でした。

牢屋が円形で配置され、中心には監視塔がたっている。
監視塔の中はうかがえないので、囚人は常に監視されていると意識します。
それが矯正をうながすというものです。

耳にしたのはコンピュータと社会の関わりの話題の中でした。
好む好まざるに関わらず、色んなところで個人情報が発信され、何処かで集められて
います。整理されればデータベースですね。
電話であれば通話記録、ネットにアクセスすればクッキー、IPアドレス、メールアド
レス。クレジットカード。単なる住所とか電話番号とか本人を示す記号だけでなく、
興味、趣味嗜好などキャラクターまでわかってしまいます。探ることは割と簡単なこ
とだと思います。
それを意識すると監視塔をイメージします。
パノプティコンの構図ができあがります。「超パノプティコン」というそうです。

パノプティコンの解説はココかな?

超パノプティコンについてはインターネット術語集Ⅱという本でも触れているようです。
私も読んでみよう。岩波新書 矢野直明著 本体740円

投稿者 koma : 17:37

2003年10月22日

7人掛け

電車のシートは大抵が4人と3人の7人掛けです。
どうしたら7人掛けに7人すわることができるのか。
乗客の座る順番を見ていると、まず両端、次に中央・・・中央でなければ両端からひとつおき。

いろいろ試行錯誤の結果、6人でもない、8人でもない(なかったかな?)、4+3=7人となった
んでしょうけど、ちゃんと7人座るのって意外と難しいようです。
まず、両端が座ったあと、中央、またはひとつ空けてすわるのは難しい。
どこが中央でどれだけが1人分のスペースかわからない。・・・で、6人しか座れなくなってしまう。

それではと言うことで、
・中央のシートに色をつけてみた。
でも、うまくいきそうで、そうでもないようです。

・シートの座面にオシリの曲面をつけてみた。これでだったらいいだろう!
なかなか・・・。私みたいな中高年オヤジに多いようですが、座席と座席の間の座面の盛りあがりを
股にもってくる座り方をする人がいます。これで7人掛け計画は頓挫します。
あの座り方の方が気持ちいいのかな…。

・では座席と座席の間に仕切板をいれましょう。
これに加えて座面にオシリの曲面をつけると、けっこうちゃんと7人ですわるようです。
めでたしめでたし。

・もう少しヘビーだと思うのが
2+3+2の7人掛けにして間に網棚からシートまで縦の手摺をつけたヤツです。
もちろんオシリの曲面つきです。これはほぼ間違いなく7人すわるようです。
京浜東北線が最初だったと思うのですが、座席の下には何もなく、壁から座席を支持しているので、
この手摺は補強も兼ねていると思います。

今さらなんですが
209系というらしいこの車両は座面が少し高めで少し堅く、座席下がすっきりして、
窓には少し色がついてカッコよさげです。1998年にはグッドデザイン賞もとりました。
デザインはあのGKデザインです。

でも、あの手摺がなければなあ~。と思います。あのせいで車両内部がとてもうっとうしい。もっとも、
立っている人にとっては吊革より低い位置につかまるものがあるのはいいことだと思うのですが・・・
それはわかりますが・・・
E231系というらしい最近の山手線とかもこの車両デザインを継承しているようです。

つまり、今日は何が言いたかったかと言うと、
7人座れるように座りましょ。
それだけだったんです。

投稿者 koma : 17:35

2003年10月21日

ネット上で開催されている住宅の設計コンペに参加しました。
提出締め切り後、すぐに参加者の案がネット上で公開されました。

ながめてみると、私を含めて、ほとんどがBOX状の建物でした。
切妻屋根が1案あったかどうかです。

理由を考えてみました。
片流れの屋根はともかく、棟から両側に勾配のある屋根は、やはりある程度平面的な広さ、
妻面の長さがないと、きれいな線はでにくいですね。かっこよくみえない。
切妻はまあなんとかなるとしても、入母屋なんて、ちょっときびしい。

敷地に対して、背の高い建物の場合、例えば敷地いっぱいに建てた3階建てなんて
さらにその上に屋根がのると、ボリュームありすぎ。

設計者が計画段階で
昔からある日本の住宅の型(伝統?)を意識していない。それは
意図的に意識していない。だったりもします。
また
計画敷地の特性を読めない。読まない。又は特性がない。
・・・特性=地霊といったりします。

あとは技術的に
幾層にもなる屋根のプロポーション、シルエットのコントロールができない。

そんなところでしょうか。
今回の私の場合は意識していない・・・のような。
ちょっと意味がかわるけれどユビキタスな家ですね。どこにでもある。そこでなくてもいい。

どこにでもある。そこでなくてもいい。
そう書いたとたん、私は車窓にうつる家並みをイメージしてしまいました。
このイメージはここ10年来、私に問い続けています。

「どこにでもある。そこでなくてもいい・・・のか?」と・・・

投稿者 koma : 17:34

2003年10月20日

iPod

私といっしょに仕事をしているIKATECHクンは、Windowsも使えるけど基本的に
はMAC派という人間です。
彼がいつも持ち歩いているのが「iPod」です。簡単に言えばヘッドホン付携帯
ハードディスクです。
今のところ音楽が96時間分記録されているそうです。何を聞いているかはとも
かく、このiPod

いい。

Macの何がいいって、ちょっと先をいっている感じとカッコいい形、それから
商品の見せ方などなど、パソコンの中や段ボールの梱包まで考えられています。
つまりトータルでレベルの高いデザインがなされているところがいいと思います。

iPodの形はひとつ前の方がイイけれど、新しいものはWindowsとMacのハイブリ
ッドなのでWindows派も使えるようになりました。

iPodのサイトはココです。

iPodがどんなシーンで使われるかはココです。

iPodには御名入れサービス?があります。
どんなものか試しにやってみたい人はココから、どのタイプでもいいから
「選択」ボタンを押してください。
「iPodをパーソナライズしてみませんか」のページで文字を入力したら「プレビュー」。

ほうら、欲しくなる。欲しくなる。

投稿者 koma : 17:33

2003年10月19日

テレホンショッピング

テレビでやっているテレホンショッピング…。
あれは独特な雰囲気があります。

説明するセールスマン。
感動し説明の補足をする芸能人。
視聴者代表(というスタンス)のおばちゃん達。

この三位一体の世界はよくできています。
セールスマンだけでは、猜疑心ばかりでこれは売れない。
そこで、無意識に自分と同じ位置づけをしてしまう「おばちゃん達」をおく。
「すご~ぃ!!」
さらに私達の背中を押すように芸能人をつける。
「買っちゃうね!!」

最近よく見かけるようになったリフォームの番組。
素人でもシンドイと感じるような、それでもウチみたいと思えるような部屋を、
「…の魔術師」とかの称号を冠されたデザイナーが、簡単に、ローコストで、
おしゃれにリフォームする番組があります。

肝心の商品はありませんが、なんだかノリがテレホンショッピングに似ています。
この場合、セールスマンの立場としてはデザイナーになるのでしょうが、あまり
しゃべりすぎるデザイナーは胡散臭く見えるので、司会者+デザイナーが二人
三脚でやってます。
おばちゃん達の立場としては部屋の持ち主でしょうか?
「すご~ぃ!!」
芸能人のスタンスは変わりませんね。
「やっちゃうね!!」

この手の番組に何度か出ている知り合いのデザイナーが言ってました。
放映されているような金額や手間ではとてもできない…。
費用対効果
このあたりもテレホンショッピングに似ています。

投稿者 koma : 17:32

2003年10月07日

キンモクセイ

街を歩くとキンモクセイの香りがします。
キンモクセイの香りを感じると、私は闇を思い浮かべてしまいます。

普段の生活では、昼間は溢れるほどの圧倒的な量の情報が目、耳に入ってきます。
私の頭は、入力された情報の大半をオーバーフローさせ、いくらかを極め
て個人的な変換をおこなって出力し、また、いくらかをバッファリングし
ながら適当な場所に蓄積し処理しています。たぶん、そんなもんだと思います。

昼と比べて夜は目に入る情報が少なくなってきます。

私が高校生だった頃(おお、そんな時代があったのだ!)。
学校帰りの道に、真っ暗…ほとんど闇といっていい場所がありました。
今の季節、ちょうどそのあたりにくるとキンモクセイの香りがしました。

目に入る情報が闇しかない状態で、私の頭は昼間にため込んでいた未処理の
情報を処理しようとします。つまり考え事ですね。

考え中の頭に目から闇の情報が入力されます。
考え中の頭に鼻からキンモクセイの情報入力されます。
おかげで、その頃私の頭が処理していたデータには、全て闇とキンモクセイ
のタグがふられ、結果としてこの両者はツヨク結びついてしまったようです。

投稿者 koma : 17:31

2003年10月06日

道路

仕事の帰り道で歩く場所なんですが、ここ何年とずっと工事をしていました。
工事前は片側3.4車線ぐらいの道路で歩道が4m程だったと思います。

工事期間中は、歩道が今までの4mに加えて車道の1車線分を使って広くなっていました。広くなったと言っても形は変わっていないので4mより外は車道と同じ高さでしたが。
それでも、もともと人の往来のはげしいところでもあり、また待ち合わせなどで立ち止まる人も多く、広くなった歩道はとても歩きやすいものでした。
私はこの工事こそ歩道拡幅の工事と思っていました。アスファルトではなく歩きやすいインターロッキングとかそんなものを敷き詰めて、街路樹なんかあるといいなあとか思っていました。

ところが違いました。


いつになっても、車道状の部分が変わらないと思っていたら、あらたな道路標識が4mの歩道と車道状の歩道の間に建ち始めたのです。
…ということはつまり。前と変わらず歩道は4mしか考えられていないということです。

結局。車道のための工事でした。車線を増やしたようです。
工事前のように狭くなってしまった歩道には人があふれ、とても歩きにくくなってしまいました。一方で増えた車線は、駐車する車で埋め尽くされ、まるで駐車帯をつくったかのような結果となっています。
車の交通量の検討から今回の工事がなされたものと考えられますが、じゃあ人はどうなると考えたのでしょう。車優先の道路事情と計画を垣間見た気がしました。

日常、道路を歩くとき何気なく車優先を受け入れていましたが、あらためて考えてみるとその必然性はありません。歩行者も車も同じように、いや弱者の歩行者の方を優先した道路つくりがあるのだと思います。
車のためだけの道路ではない。そんな単純なことを忘れています。

投稿者 koma : 17:30