2003年09月29日

携帯電話

携帯電話のデザインに欲求不満の人は多いと思います。

毎日、肌身離さず、持っているのに、カッコはどれも似たようなモノだし、もうひとつといったデザインです。どうして、みんな似てしまうのでしょうか。
電話番号と機器がペアで販売されているというのも変な話だと思います。
気に入った機械を見つけたら、とことん使い倒す。そういうことができません。

私が携帯を使い始めたのは、10年ほど前になります。
気に入ったソニーの携帯を5万円以上で買った覚えがあります。
そのうち電波の方式が変わるというので機種を変えさせられ、なんだか気に入らず数回機種交換をし、現在に至っていますが、未だこの形には納得いかない。

ノキアの携帯のような斬新なものはできないでしょうか。
もっとも、果たしてこれがイイかというのは別問題です…が。

投稿者 koma : 17:28

2003年09月25日

ホテイアオイ

今朝テレビを見ていたら、タイから世界へ発信された家具のことがでていました。
タイに自生するホテイアオイは、いたるところで生育し、船の通行にも支障がでるなど
その管理に莫大な費用をかけている(た?)そうです。

その迷惑となっているホテイアオイをうまくつかえないか…ということで家具を
つくったのがYothaka社というところです。

実物を見たわけではないですが、なかなかの質感のようです。かっこもいい。
有名どころの家具と比べれば高額とは言えませんが、私が思ったより結構なお値段です。

ちなみに、ホテイアオイはウォーターヒヤシンス(Water Hyacinth)というそうです。

投稿者 koma : 17:27

2003年09月24日

天井は高い方が

キャンプに行くとタープを張ります。屋根ですね。こんなやつです。
でも、どんぐりのときはタープを張らずに過ごしました。

これがとても気持ち良かったんです。
タープを使うと天井高さは約2.5mほど、コナラの林の中では天井高(?)は15から20m。
開放感が違います。
確かに、こもりたい時は低い方が落ち着くでしょうが、やはり普段の生活では天井は高い方がいい。そう思ったのでした。

でも、タープはタープできれいな稜線を描き、見ていてあきないんですけどね。

投稿者 koma : 17:26

大丈夫?

死都日本のつづきではないですが近頃の私は地震、災害に敏感になっています。
ホームセンターに行ってはヘルメットやマスクなどのところでしばし立ち止まっています。

建築の業界にいる人間にできることを考えてみました。
災害前は
丈夫な建物。を考える
避難しやすいこと。を考える
すでに建っている建物が大丈夫か調べる。

災害後は
建物が大丈夫なのか、応急危険度判定をする。
仮設の建物を考える。

今できるとすればこんなところでしょうか。でも本当にできるだろうか?


丈夫な建物、避難しやすい建物といっても、オーバースペックなものは、コストとのからみで、

計画時にはひとやまありそうです。

すでに建っている建物を補強することについても、例えば古い分譲マンションで現行の建築

基準法に見合った強度を確保しようとすれば、一部の住戸を犠牲にしなければ出来ない場

合が多く、調査しても耐震補強は現実的は難しい。

ガラスを多用したもの。華奢な、浮遊感のある形態のもの。引力の呪縛から解き放たれたかのような軽快な建物が多く見られ、私自身もその形態に魅力を感じます。
でも、災害に強いかというと、誰がどう見たって「?」です。

災害が発生したとして
私は東京都の応急危険度判定ボランティア登録をしていますが、自分の家族の安否や生活
の事を考えながら、いったいどれだけのことができるか。

また、本来であれば、インフラとか街区規模で考えなければなりません。だからといって建物単体のことは考えないというワケではないですが…。

想像してみると、結局できることがなくなってしまいました。
本当にまじめに考える必要があります。

投稿者 koma : 17:25

2003年09月22日

blog

いまさらながらなんですが、blogとはなんでしょう。
WebのLogが縮まって出来た言葉がblogです。ネット上の言葉達という意味になるんでしょうか。
私の理解ではblogは「あるサイトデザインの形式を利用して発信されたもの」程度です。
「あるサイトデザインの形式」というのはこのK's Blogのように、日々の出来事、考えを書き込む。それらを時系列や内容毎にカテゴライズするという機能をもったものです。

例えば、bloggerではだれでも簡単にこのスタイルのサイトを開くことができます(残念ながら日本語が文字化けします)。また、私のようにMovable Typeというcgiを利用して自分のサーバーに構築することもできます。

でもそれだけでは単なる日記帳です。実際そういう使い方が多いようです。私のところも似たようなモンです。

しかし、それだったらあまり意味はありません。
私自身よくわかっていないのですが…
blogにはネット上の数多ある情報を拾い上げサイト開設者が再発信すること。
それから他者とコミュニケートすること。
実はこの点が大きな存在理由になっているようです。バリバリやっているサイトを見てみればおわかりになると思います。

私はK's Blogが日記ではない何かにしたいと思っています。

その気になった方。以下を参考に…

blogについて
HOTWIRED JAPAN

Movable Typeのインストールや設定について
Movable Type 日本語化手順

blog使い
MovableTypeで行こう!

建築系blog
aki's STOCKTAKING

投稿者 koma : 17:21

2003年09月19日

しろくま

出張で上京した友人と会いました。3年ぶりの再会です。
学校を卒業してからも何度か会っているんですが、やはり学生時代の頃の話題に花が咲きます。
それまで忘れていた人や地名や出来事がフッと思い出され、楽しいひとときを過ごすことができました。

ところで、なつかしい言葉がでてきました。
「しろくま」です。
御存じでしょうか。いや…あの白い熊ではなく。かき氷です。

鹿児島の天文館という繁華街の中にある「むじゃき」という店がオリジナル(元祖!)なんですが県外の方で御覧になったり食べたりした方もいるかもしれません。
ケッコウ有名。と鹿児島に関わりのある人は思っています。

ご存じない方はココにいってみてください。
どってことないですが、鹿児島が自慢できるネタのひとつです。

投稿者 koma : 17:19

2003年09月17日

死都日本

おそまきながら、石黒耀氏の処女作「死都日本」という本を読んでます。
九州の霧島火山帯の噴火を発端に日本が壊滅的な大打撃を受けるというものです。
世界最大級の噴火により、私が学生時代よく登っていた韓国岳は跡形もなくぶっ飛び、発生する火山灰が雨をともなって土石流となり日本の半分を多い、ついでながらあとで東海地震なども起こります。北半球の平均気温を3度下げる天災です。

日本はどうなったのでしょうか。もちろん瀕死の状態です。しかし、

これまでの日本は地震火山国であるということを忘れて天災の間隙の中で繁栄したに過ぎない。これを機会に天災と共存可能で子孫に残せる国家をつくりなおそう。
そんな前向きでしたたかな戦略を示して、次にせまる東海地震に立ち向かうシーンで終わります。

おおがかりなリセットです。
ともすると自然をも手中にしたかのような行為で今の街が出来上がっているように思います。東京の街を歩いていると見えるのは人がきづき上げたものばかりです。かろうじて空がみえるだけで、高みに行かないと山は見えません。
もう少し自然を意識しなければ本当にリセットが必要になるのかもしれません。

投稿者 koma : 17:18

2003年09月12日

携帯電話と優先席

電車の中で携帯電話のマナーが統一されました。
…と電車の中でアナウンスがありました。
「マナーの統一」?変な日本語ですね。

それはともかく「統一」されたマナーに関係なく、
人の心臓の心配より、友人との会話が大事。という光景はあいかわらずみられます。

点字ブロックの上の自転車
駅の通路や階段に置かれたゴミ
電車の床を転がっていく空きカン

そうすることがどのような結果をまねくのか考えない、又はわからないということが不思議です。社会又は公共が、自分ではない他の誰かによって形成されているかのような意識を感じます。

車いす用のスロープに置かれた空きビンを見て、あらためてそう思いました。

投稿者 koma : 17:16

2003年09月09日

チョロQ

9月9日は「チョロQ」の日だそうで、新聞には実車版「Q-CAR」を利用したネットワーク「Q-NET」の広告がでていました。
「Q-NET」は小型の電気自動車「Q-CAR」をビジネスユースのインフラとして利用しながらネットワークをひろげ、ゆくゆくは一般利用までもっていこうとしています。

小さな車は他にもあります。街でよく見かけるようになった「smart」もおしゃれな小型車です。日本の誇るK-CAR(軽自動車)も忘れてはなりません。

ボディや排気量が大きくなっていく傾向にある日本の車事情に対して疑問符を投げかけるイイ車がどんどん出てくることを期待します。
せめて、駐車場に入りきらずに、道路にはみ出ていたり、シャッターが閉まらずボンネットの上で開いたままだったりするような風景がなくなると良いなと思います。

ところでこの色の文字のところをクリックするとリンク先に飛びます。ご覧下さい。

投稿者 koma : 17:15

2003年09月07日

6ヶ月点検

今日はずいぶんと涼しくなりました。秋ですね。

昨日、半年前に完成した住宅の点検をしました。車の6ヶ月点検みたいなものです。
完成時に植えた緑が、前からそこにいたような顔で迎えてくれる時期です。今回は、引っ越しをしていたハナミズキがいまひとつ元気がありませんでした。ちょっと心配です。

6ヶ月点検は、主に建物の性能に不具合がないか確認するのが目的です。不良があったとしてもこの段階で把握できれば対処できます。
もうひとつ目的があります。
住宅の設計の作業は完成後の生活を予測(予想あるいは期待)しておこないますが、半年の実際の生活の洗礼を受けて、どうであったかわかってしまいます。つまり、ちゃんとした設計(デザイン)ができたかどうか確かめることができます。
今回の住宅には、大きな不具合はありませんでした。また、うれしいことに、新しい住まいを上手に使っていらっしゃいました。
もちろん、指摘を受けたところがなかったわけではありません。それらは今後の設計にフィードバックして次に生かしていきたいと思っています。

我々はそうやって設計監理の業務をおこなっています。

投稿者 koma : 17:12

2003年09月06日

あぶないカバン

スルスルと伸び縮みする取手のついた、キャスター付カバンをよく見かけます。

考えてみると、最初に見かけたのは空港でした。スチュワーデスがこの手のカバンもって颯爽と歩いている姿が印象的でした。
印象的だったのがスチュワーデスだったのかカバンだったのかはさておき「よし、わたしもいつかは、」と思ったもんです。
…いや、スチュワーデスになるんではなくて、カバンを手に入れたいと…。
手に入れました。ごく普通のやつです。

これが、どうもいけません。


これは使う場所を考えないといけません。

颯爽と歩けるような、それほど人がこんでいないような空港であればOKですが、駅のように少し人混みのある場所での使用を想定されたデザインではないですね。

もちろん、物理的には何も問題ありません。軽くて便利です。
要するにまわりに迷惑だということです。
迷惑だけならいいのですが、危険な場合もあります。
あのカバンを持つと本人の後ろのスペース約1m程を専有します。
専有しているけれど、人混みの中ではそれが見えません。その人の後ろがぽっかり空いているように見えます。

同じ流れで歩いている分には何も問題ありませんが、カバンを持っている人が唐突に立ち止まったりすると、後ろは大変です。すぐ後ろの人はわかっても、そのあとの人達はわからない。ましてや足のスペースを専有しているので回避しようがありません。
人の流れを横切ろうとする人に対しても同様です。
目の前に下りの階段がある場合はかなり危険です。

とても便利ですが、まわりに対する配慮が必要なカバンです。
残念ながら、それに気づいていない人が多いです。

投稿者 koma : 17:11

2003年09月04日

ぷっと差すヤツ

フロッピーディスクが増えて管理が大変だ。ついては何かうまい方法はないか。
そういう相談を妻からされました。(妻は私とは違う業界で働いています)
私の答えは「USBにぷっと差すヤツがいいんじゃないかなあ、ぷっと差すヤツ」
でした。勤務先にも話をしようと思うが、その「ぷっと差すヤツ」で通じるのか?という問いには「知ってる人はすぐわかる」と答えました。

USBにぷっと差すヤツ
スティック型USBメモリとかUSBスティックとか呼ばれる、記録メディアです。例えばSONYのぷっと差すヤツはココ
USBにぷっと差すだけでパソコンからドライブとして認識されます。消しゴムほどの大きさでフロッピー10枚分から約200枚分の容量が記録できます。私も便利に使っています。最近では2GBというのもあるようです。なんとフロッピー約1500枚!!。

USBというインターフェースは画期的でした。このおかげで色々な機器を簡単に接続することができるようになりました。ビデオカメラもデジカメなどもつながります。
そんな風に家電などとコンピュータが「ぷっ」とつながっていく将来像はどんなものになるんでしょうか。バラ色のような気もするし、失うものもあるような気もします。
ちょっと先にいってのぞいてみたいですね。

ところで「ぷっと差すヤツ」は妻の勤務先で通じたのでしょうか。もちろん通じました。
でも、私は結果を聞いただけで、そこに至る紆余曲折、艱難辛苦は知りません。念のため。

投稿者 koma : 17:14

陰影礼賛

谷崎潤一郎が書いた「陰影礼賛」という短編があります。

詳しい話は忘れてしまったのですが、当時の住まいにしのびよる西洋化、電化に対して暗がりを題材にして日本の文化、美意識を書いていたと思います。便所の薄暗さを格調高い文学のレベルで語っています。さすがタニザキ。

建築のことが書かれているので業界ではケッコウ読まれていると思います。

谷崎潤一郎が危惧した明かりというのは、住まいに電気が使われだした頃の明かりなので、現代の煌々たる照明に比べればかわいいもんだったかもしれません。
いずれにせよ、電灯を暴力的な明かりとして書かれていたと記憶しています。
そういえば、私の持っているのは文庫でしたが、異端の建築家白井晟一による表紙デザインでした。中央公論社ですね。

部屋の隅々まで明るいのは清潔で安心です。でも照度を必要とするとこだけを明るくして、基本的には暗くしておいて、効果的に照明をつかうと、部屋が違って見えます。それを前提に建物を設計すればもっと空間が豊かになります。
明暗がつくりだす陰影。いいとおもいますよ。


かつて、私のうちもそうでした…


イサムノグチがデザインした照明で「AKARI」というシリーズがあります。

ふた部屋つづきのオレンジの一枚壁がありまして、片隅に置いた「AKARI」(1N)の光をやわらかくうつし、明と暗の境をあいまいにしてなんとも言えない雰囲気がありました。

今では
低めにセットしたシーリングペンダントの「AKARI」(75D)は子供が遊ぶ度にぶつけて破れ、今では下半分が、けずれて37.5D(?)になってしまい。オレンジの壁はおもちゃと学習机と図工の工作と、「クロール13m」の記録証と、田舎のおじいちゃんにもらった1mはあろうかというひょうたん達の場所として身を提供しています。

自分の体のデザイン(コンコンコン2を読んでください)とともに我が家もなんとかしなくてはなりません。
格調高くタニザキではじめたのに、今回もいつものようなオチになってしまいました。
すいません。

投稿者 koma : 17:10

2003年09月03日

ウルトラマン

最初に創られるものにあたえられる称号「オリジナル」、食べ物でいえば「元祖!」
その完成度が高ければ高いほど確固たるものになります。
このことを考えるときに、私はウルトラマンのことを、よく思い浮かべます。

何代もつづくウルトラマンの家系ですが、ひとりだけ選ぶとすれば誰ですか?
ウルトラマンはグレーの体に赤いパターンとシンプルな顔が基本です。

どのウルトラマンもその形が決定されるまで、色々試行錯誤があったと思われますが、一番真剣に、ていねいに考えられたのはやはり初代であったと思います。形として初代より優れているものはあるでしょう。個人的にはセブンあたり(実はそれ以降をよく知らないんです)がいいかなと思っていますが、しょせん初代の亜流です。

オリジナルはひとつの目標まっしぐらにデザインされているので余計なものがない。2番手3番手の対抗手段は、形をカッコ良くする、機能を追加する、安くする、などの付加価値を武器にします。だからオリジナルより使いやすかったりします。場合によってはオリジナルの出来如何ではオリジナルの称号をも奪い取るものもあります。

でも、たいていの場合、オリジナルの強さ、スピリッツを感じません。



MacとWindowsがそうですね。

マウスを使ってアイコンを操作するというMacのGUI(Graphic User Interface)をWindowsは見事にマネています。Windowsが一般的な中でやはりオリジナルのMacは輝いています。そのデザインポリシーは今でもパソコンの内外の形や梱包の仕方にまで及んでいます。

ところで、手に入れるとしたらオリジナルですか、後発組ですか。
これまでエラソーに言っておきながら、実は肝心のこの辺になると、わたしはいつも揺らぎまくってます。
ときにオリジナルであったり、便利さに流されて後発組を選んだり。ぎりぎりまで迷います。
大抵の場合、綿密な検討の末「やはりオリジナルだ!」と決断して、安くて便利な後発組を手にぶら下げて帰ってくることが多いです。パソコンもりんごではなかったりします。

ウルトラマン助けて~

投稿者 koma : 17:08

2003年09月02日

コンコンコン2

人間の感覚というのは不思議です。たたけばわかるというのはわかりますが、例えば、素足でフローリングの上を歩いてみるだけで、板材が薄いのか厚いのか何となくわかります。
足の裏に研ぎ澄まされた目やウオノメがなくてもわかります。
まあ、歩くことで、きわめてソフトにたたいているといえば、そうかもしれません。

車のボディはどうでしょうか。車によってボディの板金の厚みも違って見えます。
コンコンコンとたたいたり、触れることなしになんとなく厚みに違いがあるように見えませんか。丈夫なトラックだからといって全てが厚くみえるわけでもありません。

車のボディは鉄板を折り曲げてラインやボンネットのふくらみをつくっています。視覚的な効果や物理的なスペースの確保、リブとして面の強度アップをねらっているものと思います。このあたりにヒントがありそうだと勝手に思っています。


鉄板を折り曲げ加工した場合、折り曲げたところは少し丸みを帯びた角になります。この丸みは鉄板が薄くなるほど小さく(とんがる)、厚くなるほど大きくなるはずです(なめらかになる)。鉄板を曲げたことはないけれど、理屈としてはそんなところでしょう。

全体のボリュームデザインも考慮する必要があるとは思いますが、この折り曲げの具合が、板金の見た目の厚さに関係しているのではないかと思っています。

キリッとしたラインより、なめらかな面でつくられたボディ。年々グラマラスになっていく車のデザインのひとつの手法ではないかと私は発見したのです…っていってもね~。

今のところ一番私が見てぶあつく感じるのはフォルクスワーゲンのゴルフです。ヴィヴィッドな強いカラーリングのせいかもしれません。みなさんはいかがでしょうか。

ところで
私の腹にはキリッとしたラインが3本ほどあるのに、やたら厚い。これはデザインのしようがありません。なんとかしたいです。

投稿者 koma : 17:06